「肩甲骨はがし」という名前をよく目にするようになりました。
ところが、「肩甲骨」という名前だけ一人歩きして、何となく「肩甲骨を調整してもらうと身体に良さそう!」とイメージではないでしょうか?
「肩甲骨がどんな役割がある骨なのか?」
「肩甲骨を調整すると、なぜ肩こりに効果的なのか?」
ということは、意外と知られていません。
ここまで書いておきながら、「肩甲骨はがし」がどんな施術かは、私自身知りません・・・
「肩甲骨はがし」を受けたこともなければ、習ったこともないからです。
流行っているということは、とても良いものだと仮定して、「肩甲骨はがし」について、解剖学的に解説します!
「肩甲骨はがし」は解剖学的にどんな効果がある?
- 肩こりの改善
- 肩の痛みの改善
- 首の痛みの改善
- 手首や肘の腱鞘炎の改善
- 腰痛の改善
- 坐骨神経痛の改善
などが見込めます。
ただし、前提があります。
「肩甲骨はがし」を行うことで、肩甲骨が安定性を取り戻せるということです。
もし、「肩甲骨はがし」を行うことで、肩甲骨が安定性を失ってしまうのでしたら、上記の効果は見込めないでしょう。
「肩甲骨はがし」を行う目的は肩甲骨が安定性を取り戻すこと!
という前提で、記事を記事を書き進めていきます。
肩甲骨の動けば良いというものでもない!?
あまり知られていませんが、肩甲骨に求められている機能は安定性です。
腕や手にとって「肩甲骨=受け皿」の役割があります。
繰り返しますが、肩甲骨に求められている機能は安定性です。
腕や手を安定して使うためには、胸郭上で、肩甲骨が受け皿としての安定性が必要ということです。
安定性は、固定性とは異なります。
とは言え、肩甲骨は、動き過ぎていても不安定になり、問題が出ます。
闇雲に肩甲胸郭関節の可動性をあげればいいというわけではないということです!
肩甲胸郭関節の機能は、ステビリティです。
肩甲胸郭関節の機能は、モビリティと思われがちですが、ステビリティなのです。
肩甲胸郭関節の機能であるステビリティが失われているために、肩の関節の負担が大きくなり肩こりになるということです。
肩や首などの負担を減らすためにも、肩甲胸郭関節の機能を理解し、うまく使えるようにすることは非常に重要です。
肩甲骨が機能的低下すると、どうなる?
肩甲骨が機能低下すると、肩関節前部と上部の痛み、肩甲骨後上部の痛み、上腕近位外側部が出ることがあります。
また、肩甲骨後上部から同側頚部への関連痛や胸郭出口症候群の症状(上肢から前腕、手にかけての関連痛や痺れ)を訴えるケースもあります。
痛みや痺れなどの自覚症状は徐々に現れてくる傾向があります。
肩甲骨が機能低下すると、もっとも多いのが、肩関節前部の痛みです。
特に烏口突起の痛みが特徴的であり、この部位には鋭い圧痛が触診されます(烏口突起は、小胸筋の停止部)
肩甲骨後上部(肩甲挙筋の停止部)の痛みは、次に多く見られます。
また、上腕近位外側部(肩峰下)の痛みと肩関節上部の痛みは比較的少ない傾向があります。
肩こりの方の肩甲骨はどうなっている?
肩こりの方の肩甲骨は、機能異常、位置異常を起こしています。
肩こりの方の肩甲骨は、中立位で下制位、前傾に加え外転に変位しています。
特に、利き手側の肩甲骨にこの傾向がみられます。
中立位で下制位、前傾に加え外転に変位しているということは、烏口突起は前下方、さらに外方へ変位しています。
このとき、烏口突起に付着部位を持つ小胸筋と上腕二頭筋短頭は緊張します。
小胸筋と上腕二頭筋の緊張は、肩甲骨の異常変位をさらに促します!
特に肩こりがひどい方は、肩甲骨の後傾制限があるため、上肢挙上に伴いインピンジメント症候群が発生します。
ということは、肩甲骨の後傾制限が、上腕近位外側部(肩峰下痛)の原因になるということです。
肩甲骨の変位が起きる3つの原因!
1 肩甲骨周辺筋群の機能低下
前鋸筋や菱形筋、僧坊筋などの機能低下により、肩甲骨に不安定性が生じているケースです。
肩甲骨の前傾変位の原因として考えられるのが、前鋸筋の機能低下と小胸筋の硬縮です。
前鋸筋の機能低下と小胸筋の硬縮は、インピンジメント症候群や上肢の挙上を過剰に反復する傾向のある方に多い傾向があります。
2 肩甲胸郭関節の運動障害
特に肩甲骨の回旋運動は、肩鎖関節の状態によって大きな影響を受けます。
また、肩甲骨後上部痛を訴える患者の場合、特に肩甲骨上角に強い圧痛が触診される傾向があります。
肩甲骨上角に強い圧痛があるということは、肩甲骨の異常変位に伴い、肩甲挙筋が慢性的に伸張され緊張した結果です。
上腕近位外側部(肩峰下)の痛みも肩甲骨の異常な運動パターンが原因となっています。
上肢挙上に伴い、鎖骨遠位端は挙上し、さらに後方回旋が起こりますが、このとき肩甲骨には後傾が発生します。
鎖骨遠位端の後方回旋と肩甲骨の後傾が生じることで、肩峰下スペースが確保され、インピンジメントの発生が回避されています。
3 固有受容感覚(Proprioception)の異常
中立位における肩甲骨のポジション(関節位置覚)、また運動時における肩甲骨の安定性(運動覚)に問題が生じています。
固有受容感覚は、全ての肩甲骨の運動障害の原因となります。
手の痺れがある場合(胸郭出口症候群)の肩甲骨の状態は?
胸郭出口症候群の場合、肩甲骨の下制と前傾に伴い、鎖骨遠位端が前下方に変位します。
手の痺れは、鎖骨下のスペース(第1肋骨と鎖骨の間)が狭窄することが原因となります。
肩甲胸郭関節の機能解剖学
肩甲胸郭関節は、肩甲骨と胸郭(肋骨)によって構成されている生理学的関節です。
肩甲胸郭関節は、肩甲上腕関節や肩鎖関節、胸鎖関節のような滑膜性関節(骨と骨ががっちり噛み合う関節)とは異なります。
胸郭の上では、肩甲骨のポジションは胸郭の形状に影響を受けます。
胸郭の形状よりも、肩甲骨周辺にある軟部組織(筋肉など)から強い影響を受けています。
肩甲骨のポジションに影響を与えている僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、小胸筋などは、肩甲骨、鎖骨、また上腕骨から脊椎の各部位に向かって走行しています。
また、僧帽筋、菱形筋、肩甲挙筋、前鋸筋、小胸筋は、肩甲骨に付着部位を持っている筋肉であるので、肩甲骨の状態に直接的に影響を及ぼします。
また、広背筋や大胸筋は、肩甲骨に付着していないため、間接的な影響を与えます。
特に僧帽筋、肩甲挙筋、前鋸筋は胸郭の上での肩甲骨の安定性にとって重要な役割を果たしています。
僧帽筋、肩甲挙筋、前鋸筋の機能低下は、肩甲骨内側縁の不安定性の要因になります(翼状肩甲骨)。
肩甲胸郭関節のバイオメカニクス
肩甲骨の運動は、胸郭面に沿う滑り運動と肩鎖関節を運動軸とする回旋運動に分類できます。
滑り運動と回旋運動は、単独で起こることはなく、滑り運動と回旋運動の組み合わせで起こります。
胸郭面に沿う滑り運動
滑り運動には
- 挙上
- 下制
- 外転(前突
- 内転(後退)
があります。
中立位(休息位)では、肩甲骨の外側縁は内側縁よりも前方にあります(内旋位)。
このとき、肩甲骨は前額断面の前方約30°の断面で、肩甲断面と呼ばれています。
肩甲骨の回旋運動
肩甲骨の回旋運動は、
- 上方回旋
- 下方回旋
- 内旋
- 外旋
- 前傾
- 後傾
です。
上肢の挙上時、肩甲骨は上腕骨の運動に連動します(肩甲上腕リズム)。
このとき、肩甲骨は上腕骨頭の基盤となっています。
そのため、肩甲骨が胸郭上で不安定な場合、上腕骨頭の運動障害が引き起こされ、インピンジメント症候群等の問題が発生します。
肩甲骨外在筋群の作用
僧帽筋 | 肩甲骨の内転(後退)挙上、上方回旋、頭頚部の伸展、下制 |
前鋸筋 | 肩甲骨の外転、上方回旋、下方回旋、肋骨の挙上 |
大菱形筋・小菱形筋 | 肩甲骨の内転、挙上、下方回旋 |
肩甲挙筋 | 肩甲骨の挙上、下方回旋 |
小胸筋 | 肩甲骨の下制、下方回旋、肋骨の挙上 |
大胸筋 | 肩甲骨の外転(前突)、肩関節の内転、屈曲、内旋、水平屈曲、吸気の補助 |
広背筋 | 肩甲骨の内転、下方回旋 肩関節の伸展、内転、内旋 |
肩甲骨内在筋群の作用
三角筋(前部、中部、後部) | 前部: 肩関節の屈曲、内旋 外転、水平屈曲 中部: 肩関節の外転 後部: 肩関節の伸展、外旋、外転、水平伸展 |
大円筋 | 肩関節の伸展、内転、内旋 |
肩甲下筋 | 肩関節の内転、内旋 |
棘上筋 | 肩関節の外転 |
棘下筋 | 肩関節の外旋、外転、内転 |
小円筋 | 肩関節の伸展、内転、外旋 |
烏口腕筋 | 肩関節の内転、屈曲の補助、水平屈曲 |
まとめ
「肩甲骨はがし」を行うと、肩甲骨に求められている機能は安定性を取り戻すと、
- 肩こりの改善
- 肩の痛みの改善
- 首の痛みの改善
- 手首や肘の腱鞘炎の改善
- 腰痛の改善
- 坐骨神経痛の改善
が見込めます。
繰り返しますが、肩甲骨に求められている機能は安定性です。
腕や手を安定して使うためには、胸郭上で、肩甲骨が受け皿としての安定性が必要ということです。
上記のように、肩甲骨に付着する筋肉も多く、動きも複雑です。
きちんと解剖学を理解して「肩甲骨はがし」を行うと、より効果が上がるのではないでしょうか。