PROFILE

ながさき整骨院 代表 プロフィール

川崎 浩司(かわさき ひろし)

ながさき整骨院 代表 合同会社 FRAGMENT 代表

厚生労働大臣免許 柔道整復師 

1977年生まれ 東京都出身

既婚 子供一人

日本大学理工学部卒業

設計事務所、小売業を経て働きながら柔道整復師の資格を取るため学校へ

中央医療学園専門学校卒業

べテル代官山診療所勤務→つつじが丘接骨院→熱海所記念病院非常勤→げんき堂整骨院北戸田 院長

2012年に「ながさき整骨院」開院

開院2年ほど経つと、予約でいっぱいの日が続き、身体を壊し一時お休みすることに・・・

2015年ほどから、無理なく仕事ができるように運営方法の改革に着手。

この頃から、プロのセラピスト向け(PT、OT、柔道整復師、鍼灸師など)向けの勉強会、一般の方向けのワークショップなどを多数開催。

2018年には ㈱医療情報研究所からDVDを発売され、企業の月刊誌のコラムを執筆

㈱ナーチャーウイズ 月刊誌「Smile」 2018年4月~ 8月までコラム担当

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2018年7月発売 ㈱医療情報研究所 DVD発売中 「肩こり・腰痛の再発を防ぐ! 検査・施術両立型 足部矯正」

http://www.medical-info.jp/sinkyu/manual-therapy/c_kawasaki_01/

現在に至る

プライベートなブログもやっています!

川崎です。

施術を学ぶことも、施術されるのも、施術をすることも大好きですので、人が集まると即席の施術大会になったりすることもよくあります。

最近では、同業の先生に教える仕事も増えてきたのですが、やはり臨床現場で患者さんに施術する方が楽しいし、性に合っているようです(笑)

また、

  • 看板を出さない
  • 広告は出さない
  • 白衣を着ない
  • 施術技術だけで勝負する
  • 嘘はつかない

という、こだわったスタイルで運営しています。

こう書くと仕事人間のようですが、遊ぶことも好きです(笑)

蒙古タンメン中本、ラーメン二郎、もうやんカレー、パクチー料理、コーヒー、筋トレ、釣り、焚き火、デイキャンプ、バーベキューも大好きですので、タイミング合えばご一緒しましょう!

また、時間が合えば美味しい店が多い東長崎の街を案内して差し上げます。

あなたとお会いできることを楽しみにしています!

好きなもの

  • 施術
  • 解剖学
  • 筋トレ
  • O脚や姿勢の研究
  • 自転車(クロスバイク、ミニベロ)
  • 音楽(メロウなHIPHOP)
  • 街のパトロール(瓜田純士さん風)
  • 読書(活字中毒)
  • WordPress
  • インターネット
  • SNS
  • 蒙古タンメン中本
  • ラーメン二郎
  • もうやんカレー
  • パクチー料理
  • バーベキュー
  • 焚き火
  • デイキャンプ
  • コーヒー
  • 釣り(ハゼ・シーバスなど)
  • 潮干狩り(ホンビノス・マテ貝・アナシャコ)
  • 家族

Twitter   : @nagasaki_s

Instagaram  : @hiroshi_kawasaki_/

Youtube     :     川崎浩司

facebook       :  hiroshi.kawasaki

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STORY

1977年11月30日に、母の地元神戸で生まれました。

その後、父の仕事の都合で名古屋、甲府、広島市、山口市、練馬区、所沢市と、転々としていました。

転校や引っ越しが多く、正直言って、幼少期はあまり良い思い出ではありません。

幼少期は、ガリガリで身体も弱く、病弱でしたし、人間関係でも苦労しました。

よく言えば、いろいろな経験ができたとも言えるのですが、あまり思い出したくない過去ですね(苦笑)

そんな幼少期でしたので、何をやっても冴えないひねくれた自己肯定感が低い子供に育ちました。

私のひねくれた性格や、性格の悪さは、この頃に養われたものと思われます(笑)

柔術との出会い

一浪して、理系の大学に入りました。

大学1年生の頃でした。

たまたま友達から借りた、一本のビデオテープが私の人生を大きく変えることになります。

第一回UFCです。

体重無差別で、攻撃に関しては、目潰しと噛み付き以外はあらゆる攻撃が有効とされた。

当時は、金的攻撃もありでした・・・

グローブ・シューズ・道着等の着脱の有無も自由であったので、各々の選手が自由なスタイルで参加、道着を着用する選手や、プロボクサーのジマーソンは左手のみにボクシンググローブを付け、右手は素手のまま登場した。

「最強の格闘技とは何か?最も有効な戦闘技術を有する格闘技とは一体何か?ノールールの戦いの勝者こそが最強だ」との発想からアート・デイビーとSEGが企画。

格闘技はルールがあってこそ安全性が確保され競技として成立するため、「ルールを廃せばそれは喧嘩であり殺し合いにも発展しかねない」との反論の声もあがっていたそうです。

それまで世界的には無名であったブラジルの柔術家ホイス・グレイシーが1回戦でアート・ジマーソン、準決勝でケン・シャムロック、決勝でジェラルド・ゴルドーに全て一本勝ちし、優勝を果たしました。

 

この胴着を着た痩せた青年(どう見ても強そうに見えない)が、自分よりも巨大な大男達をほぼ無傷で寝技に持ち込み、タップを奪う姿に衝撃を受けました。

ネットがまだそれほど普及していなかった当時はこのホイスグレイシーという選手の情報もなければ、Jiu Jitsu(ブラジリアン柔術)なるものが、どんなものかも不明でした。

「Jiu Jitsuを学びたい」

と興奮したのは未だに覚えています。

大学2年生の頃、ビクビクしながら道場に入門したのを覚えています(笑)

ブラジリアン柔術のような格闘技をやっていると、ついて回るのががケガです。

今思えば、減量法やケガの考え方や処置などもメチャメチャでした(笑)

やっと柔道整復師になるきっかけを書きます(笑)

この頃に、いろいろなケガや身体の不調を経験します。

足首の捻挫、肘の捻挫、肩の捻挫、腰痛、繰り返すギックリ腰、坐骨神経痛、首の痛み、頭痛、肩こり、背中の痛み、膝の痛み、足裏筋膜炎、すねやふくらはぎの痛み、肉離れ、腱鞘炎、突き指など、、、キリがないですね(笑)

整形外科だけでなく、整骨院や整体院、カイロプラクティックなどにお世話になったのは、この頃です。

柔術を始めて、世の中に「人が手で治す仕事」があることを知ります。

私の身体の不調は、どの先生に診てもらっても、あまり改善はしませんでした。

自分が治してもらったのを感動してこの業界に入りました!

と書きたいところですが、そうではありません。

正直なところ患者として通っていた頃に「胡散臭い」「怪しい」「???」と思うことも多々ありました。

「じゃあ、なんでまた柔道整復師になったんだ?」って思いますよね?

たまたまなんですが、当時通っていた道場に柔道整復師の先生が何人かいたから、という直感的な理由です。

年を取ってもできて、自分を向上させることができる仕事をしたかったというのもありました。

「自己向上することで、人の役にたつ」なんて、最高の仕事ですよね!

もともと「胡散臭い」「怪しい」と思って学校に入りましたから、常にナナメの視点で見る嫌なヤツだったと思います。

ここでも私の性格の悪さが発揮されてます(笑)

授業でも先生の話が矛盾していたり科学的でないと、突っ込んだり文句言ってました(笑)

2年生の頃、人生初の大病で入院することになります。

そして、事実上この病気がきっかけで、柔術を挫折することになります。

その病気とは、化膿性脊柱炎という病気です。

二ヶ月近く、入院しました。

友達の助けや職場や学校の温情もあり、どうにか復職して、進級することもできました。

どうにかこうにか国家試験に合格し、柔道整復師をして現場に出ることになります。

当時はバリバリ外傷がやりたいと思い、診療所や総合病院などで臨床経験を積むわけですが、またここで挫折します。

現実を知ることになります。

画像診断や血液検査ができない状態で、外傷を診るのは危険すぎるということ。

その後は、整骨院で臨床経験を積むのですが、治療という名ばかりで、グイグイ身体を揉みほぐし慰安目的のスタイルが主流でした。

今思えば、学校でもリハビリといえば、揉みほぐすことをメインに教えようとしていました。

身体の問題を根本から改善させたい私の理想からはかけ離れたものでした。

またここでも挫折します。

その後、業界最大手の整骨院グループに転職して、揉みほぐす以外の徒手療法を学ぶことになります。

今も施術の基本となっている、全身の関節を、触診して、丁寧に矯正・調整するという施術ですね。

院長として勤務し、たくさんの臨床経験もつくことができ、順調でした。

震災、そして開業へ

結婚を一ヶ月後に控えた頃、大きな転機が訪れます。

東日本大震災です。

東日本大震災がなければ、開業することはなかったでしょう。

明日は何が起きるかわからない。

生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。

とにかく「今を生きる」しかない。

直感的に独立しようと思いました。

2012年に「ながさき整骨院」をオープンしました。

開業してから、多くの療法のセミナーや勉強会を受けまくりました。

「自己向上することで、人の役にたつ」という目的が、少しは達成できていると、いいなと思います。

セミナーや勉強会をきっかけに、同業の先生の友達ができました。

刺激されることで、緊張感を持ち、自分を常に高めることができます。

新たに師と仰ぐ先生にも出会うことができ、今後も一生勉強は続きます。

こんな感じの人間ですが、ぜひ皆さんとお会いできることを楽しみにしています。

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川崎浩司

「ながさき整骨院」代表  川崎浩司 厚生労働大臣免許 柔道整復師 2012年開業。頭蓋骨や手や足の骨を調整して全身を変えるちょっと変わった整体を行なっています。 私自身が重度のO脚だったことから、「足」「O脚」の研究を長年行なっています。 2018年に「足」についてのDVDが(株)医療情報研究所から販売されています。 痛みや症状、お悩みを解決することで「あなたの生活の質が感動的に上がること」を目指し、毎日一生懸命施術しています。

更新日:

執筆者:川崎 浩司

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